内山信次さんの”ぶらりたかさき”という本に
”一所一勝”として市内の名所が88ヶ所が載ってます。
今回はそのうちの№82の山田町の浅間神社と、
№79の宝寿神社のお話です。


最近の上毛新聞の記事に ”木花開耶姫命”(このはなさくやひめ)の リニューアル・オープンがありました。
昨年までは道角に肩を狭めるようにありました。所有者が土地を寄贈したとのことです。
御一新で江戸表より帰藩した藩士を居住させ明治4年に山田町が出来ました。
その守護神として城内の富士浅間神社が移されたようです。
ちなみに、大正十三年に作られた山車にはこの姫の人形が飾られています。
北小の西の通りにあつたこのお稲荷さん、今は跡形もありません。
数年前までは、たしかに存在してたのに・・・・。
昭和10年に東京太々講の寄進した立派な御影石の鳥居が、記憶の中にあります。
”一所一勝”として市内の名所が88ヶ所が載ってます。
今回はそのうちの№82の山田町の浅間神社と、
№79の宝寿神社のお話です。


最近の上毛新聞の記事に ”木花開耶姫命”(このはなさくやひめ)の リニューアル・オープンがありました。
昨年までは道角に肩を狭めるようにありました。所有者が土地を寄贈したとのことです。
御一新で江戸表より帰藩した藩士を居住させ明治4年に山田町が出来ました。
その守護神として城内の富士浅間神社が移されたようです。
ちなみに、大正十三年に作られた山車にはこの姫の人形が飾られています。

北小の西の通りにあつたこのお稲荷さん、今は跡形もありません。
数年前までは、たしかに存在してたのに・・・・。
昭和10年に東京太々講の寄進した立派な御影石の鳥居が、記憶の中にあります。