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Posted by 株式会社 群馬webコミュニケーションat

2010年12月26日

吉兵衛さんのお墓見っけた

  ① 俗名 清水吉兵衛
    ついに見つけました。



  ② 戒名 実厳良台居士
          嶺雲栄松大姉(たぶん吉兵衛夫人)



  ③ もしかしたら、古墳跡かとおもわれるような墓地でした。
 
    もしかしたらその後、天台宗のお寺があつたような気がします。
     
    なぜなら、すぐ北にある神明宮(神明塚)の小字名は山王裏ですので・・・。        

    いずれにしても、”特別な場所”ではなかつたかと、思えてなりません。

  

Posted by 捨蚕at 23:13
Comments(1)下並榎シリーズ

2010年12月26日

消えた大橋七号井と小山堰橋

 ここは並榎町と上並榎町の境あたりです。
  は・や・い・は・な・し・が、並中の東南の隅です。

 先日まで、あった大橋7号井は今ありません。   
  (4・5・6・8号井は健在です)

 いままで名無しの橋は、実は小山堰橋という名前でした。

  川は北部排水、信越線を潜り、トンネル状態で烏川に向っています。

  
 長い間、有ったものが無くなってしまった話と、
    長い間、無名だったものが有名となったという、 
        つまらない話でした。
          





  

Posted by 捨蚕at 14:30
Comments(0)橋シリーズ

2010年12月22日

白鷺(しらさぎ)のいた橋

  ふと覗くと、汚れた川に白鷺がいました。
 
  あまり楽しそうでなく、多少苛立っている様にさえ見えました。

  餌を見つけられるのでしょうか。  

  私が子供の頃は庭先でみかけたものでしたが・・・。



  橋の名前は小塙橋、川の名前は天神川。

  思いのほか川は深く、クランク状に烏川へとながれていきます。



 気が付くと、電線の上にいました。 

  何を思っているのでしょうか・・薄ら寒い思いのする師走の昼のことでした。
  
タグ :天神川


Posted by 捨蚕at 14:46
Comments(0)橋シリーズ

2010年12月21日

吉兵衛さんを訪ねて

 短足おじさんの、なぞなぞのような言葉を頼りに、ついに見つけました。

 並榎町の340番地辺り、こんな所に墓地があったんですね。

 でも吉兵衛さんの名前は見つかりませんでした。

 明治十五年に60歳で亡くなった清水吉作さんの立派なお墓がありました。
 文政年間の生まれのようですね・・・同時代の方ですかね・・。





    常盤町と歌川町の境のマンションの谷間のようなところに、
     昔の吉兵衛堀を想わせるような、堀を発見しました。
      水の流れは思いのほか速くて綺麗でした。
        コンクリートでない石積みはいいですね・・・。
                 

  
タグ :吉兵衛堀


Posted by 捨蚕at 08:55
Comments(2)下並榎シリーズ

2010年12月20日

一里塚考

 今日で”ぶら捨蚕”も一周年、
   三日坊主の常習犯の私にとって、まさに奇跡的な現象であります。

 さて、一里塚のことです(お正月のことではありません)
      ”冥途の旅の一里塚 めでたくもあり・・・”  一休禅師

 写真はご存知、中山道28番目の一里塚、
    (4X28)で、  江戸日本橋から112キロ地点です。

 9メートル四辺の石垣に囲まれて、街道の南北にありました。         
   
 家康によって築かれ、大久保利通によって廃止された一里塚、 
  とりあえず中山道において県内に幾つあったのでしょうか・・。  
  


 Wikipediaには、東海道と甲州街道には一里塚一覧がありますが、
  中山道に関しては、ありませんでした。

 誤りをおそれずに、私見によりますと県内に11あったとおもわれます。 

 二十五里目から三十五里目の塚が存在したとおもわれます。

 一年がかりで、場所を特定したいとおもっています。

 

 (これは写真の左から二番目の石宮です、寛政四年九月と読めるのですが・・)  
タグ :一里塚


Posted by 捨蚕at 17:13
Comments(0)一里塚シリーズ

2010年12月17日

古文書のようなお品書きのある店

  前橋駅近くの、偶然飛び込んだ蕎麦屋さん

  なにやら、古文書のようなもの

   よく見ると、昔のメニューのようなものでした。

     こんなインテリアにもなるんですね・・・。     

       この蕎麦屋さん、ハイカラさんのがいるとおもったら、
            
         あの馬車道グループだそうです。


  

2010年12月15日

お友達ができました。

 
 妙義山に夕日が・・・いま隠れようとしてます。

 まだ、15時49分です。
 



 それより、一時間まえですが、

  浅間山です、すこし白の部分が少なくなつています。



     あれれ!  

    お友達が出来ました、

    ご記憶の方いらつしゃいますか、

    そうです、我が家の玄関さきにあった下仁田生まれの小便小僧でした。

    おわり。
  

Posted by 捨蚕at 19:13
Comments(0)むくのいる庭

2010年12月12日

白いサザンカの花

      山茶花の 七七忌日(しじゅうくにち)を 競い合い (18年冬 捨蚕)

 平成18年の 四十九日の法要の日 主人のいない家の庭は

 こぼれんばかりの 白い山茶花の花が咲き誇っていました。

  あれから四年、今年も荒れ果てた庭に白いサザンカの花が、

      主人の帰りを待っているかのように・・・

         一枝を手折りして 花瓶に挿してみました。


   今年また 主(ぬし)なき家の 白茶梅   (22年12月 捨蚕)
          *茶梅とは山茶花の別称とのこと・・。


  

Posted by 捨蚕at 22:17
Comments(0)俳句のすすめ

2010年12月12日

タマネギ畑に

        荒れ野が玉葱畑に変身しました。

   もちろん、知人のトラクターの御協力あつてのことですが・・・。

          牛糞を撒いて、約300本の苗を植えました。

   来春には300個のタマネギヲ収穫予定です。
   
          全て、一人で食べつくすつもりです。

     ”ムク”も驚きの顔でみつめていました。

  

Posted by 捨蚕at 09:27
Comments(0)むくのいる庭

2010年12月10日

今 はまっています

    ガムのようでガムでない、アメのようでアメでない。   

     それは何だと、問われれば、    

       薄荷(はっか)味で作られた24枚のオブラートです。

    昔々、どこかで食べたような気がします。

      多分、駄菓子屋だったような気がします。

         ただ、シナモンの味だったような気もします。






   三種類あるうちで、これがベストです。  

    ドラッグ・スギで158円です。

     ビールのつまみに是非おすすめ、もちろんワインもね。

  

2010年12月05日

確かこの辺りに・・・下鳥羽堰(十九の堰の物語そのⅩ)

   この10番堰は今は存在しませんが、50年前には確かに存在しました。

   確かに、この”おた”で私たち子供は水遊びに興じていました。  





  それは、この鳥羽橋よりも少し上流にあったはずです。



  それは、この魚仲別館よりも少し下流にあったはずです。



  今はその形跡さえありません。  
 
  おそらく、この辺りに”下鳥羽堰”は存在していたと思われます。

  私の不鮮明な記憶・・・ついこの間のこと・・・
          でも・・・・ 気付けばすでに半世紀もまえのこと・・。

       それでも、この大川に迫り出した満開の桜はそれは見事です。

  

Posted by 捨蚕at 20:24
Comments(5)十九の分水堰

2010年12月05日

五料茶屋本陣に行く踏切(踏切シリーズ19)

    
前回(10/27)の№44・山岸踏切から482m西にある”お東踏切”です。
          


 中山道とほぼ平行に走る線路の北に、大きな民家が二軒あります。
    その正面が”お東”さん、その左に”お西”さんがあります。


  茶屋本陣は、五料・横川・刎石・山中にあった
           公用旅行者のための休憩施設でした。   
       そう上豊岡にもありましたね。      



   平成16年に死んだ父の後を継いで”お西お東ともの会”の個人会員になったのですが、
   会費未納のため期限切れになってしまいました。
   来春には再入会の予定です・・・・。


   線路はさらに371m先の、№46榎(えのき)踏切をめざします。
  


Posted by 捨蚕at 11:56
Comments(0)踏切シリーズ

2010年12月04日

京都十写

   嵯峨野の天龍寺あたりの土塀です、古瓦の再利用でしょうか

  ”行きも大丸、帰りも大丸”(大丸発生の地・伏見区京町の呉服店大文字屋)

   地下鉄京阪鴨東線 南座のもより駅  

   清香山玉泉寺寂光院 四方正面の池の錦鯉 

   今出川通の、和韓料理”双味亭”のおどろおどろした天井絵 

   ホテル八瀬離宮の化野(あだしの)のようなエントランス

   東本願寺の山門を見上げると・・・

   方広寺前の古食堂 僕はきつね丼 妻はよもぎ蕎麦

   渡月橋あたりの舟下り   

    群馬行きのバスストップ 目が覚めると高崎 ああ”京の夢”
  

2010年12月03日

後ろの正面・・・

    正面通りが、高瀬川を渉るところにある正面橋です。

           どこの正面かというと、大仏さまの正面でした。

     かっては奈良、鎌倉と並んで日本三大仏だったそうです。





 原作 愛英史   漫画 里見桂
 ”ゼロ” vol・48より



     豊国神社の正面
 


     ”国家安康 君臣豊楽”の鐘楼




     本願寺と豊国廟を結ぶ東西ラインを

     家康は東本願寺と智積院とで、分断したという。 

 


      ”京の京の大仏つあんは 
           天火で焼けてな  
              三十三間堂が焼け残った 

         アラどんどんどん 
                コラどんどんどん  

               後ろの正面どなた”   
                           (京のわらべ歌)  


2010年12月02日

ミスター・ドーナツ

     どこかで見た事のある絵

      そう、ミスドのトイレにあります。

             きっと、あなたも見たことのあるはず。

                  まるで、シェーン・カンバック・・・。             




       ポイント150で、いま飲んでいるコーヒカップと同じものがもらえます。



        おまけに、グーチョキを使うと、ドーナツが10%オフです。

        おまけに、コーヒーお替りOKです.。

        

  
タグ :ミスド