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Posted by 株式会社 群馬webコミュニケーションat

2011年04月23日

春に逝く

   今朝の朝刊に63歳の神職のお悔やみ記事が載っていました。

    数ヶ月前にお逢いした時は、お元気そうでしたのに・・・。



  *春庭楽という衛府の武官の衣装で春の庭に舞う、
    優美さと威厳の具わった四人舞だそうです。

  

Posted by 捨蚕at 10:53
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2011年04月07日

金五万六千弐百円也

       今朝の上毛新聞に載りました。

  上毛新聞に寄せられた義援金は六億円を越えたそうです。

  個人的には、今まであまりした記憶はありませんでした。 

   参加できた自己満足感が、
     何も出来ない悶々とした思いを少しばかり
                   解消してくれました。

  考えすぎて何もしないよりも、した方が精神衛生上良いようです。

       同窓会の出席者の皆さん有難うございました。


  

Posted by 捨蚕at 06:24
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2011年04月06日

義援金預かり書

    今、上毛新聞高崎支社に行ってきました。

    4月2日の同窓会で集まった義援金箱の中身です。  

    同窓会出席者のほかに、欠席者の実兄の方に呑屋さんで、
    また箱を造っていただいた髭の接骨医さんの従業員の方々にも
       ご協力いただきました。

    まずは、無事に義援したことを報告いたします。 

    7日か8日の上毛新聞の朝刊を是非ごらんくださいませ。    
       


  

Posted by 捨蚕at 11:01
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2011年04月02日

50年前の小学校

  今日は卒業50周年記念の学年同窓会の当日です。 
  小学校を卒業して、なんと半世紀が経過した訳です。 

  桜も咲きました。
  お堀端を夜桜散歩の三次会予定です。 

  震災に遭った人も、救援に行って欠席の人もいます。
  でも、桜は咲いてくれました。 

  多分、昔話が酒の肴の還暦超えの同窓会。 

  どうなります事やら、
  義援金と黙祷でご勘弁していただき、本日15時決行です。 

  なにせ、皇太子様と美智子さまの軽井沢行きに
  手を振った面々のことですから・・・。


          今日は楽しく飲ませて頂きます。
  

  
  

Posted by 捨蚕at 08:42
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2011年03月22日

”結い” てなあに・・

         今朝の上毛新聞の”論壇”です。  
 ”結い”とは、方言で田植え、屋根葺きなど助け合ってする共同作業。
     
         古語辞典によると、結ぶとは、
 ”ある形のものが集まって、まつたく異なった形のものに固まる”とあります。


      何もない時は、バラバラの個人で結構です。
でも何かあった時には、共同作業や集まって別の形にならなければなりません。

    そうしないと、生きていけない事を、ご先祖様たちは知っていました。




  一人の市会議員が雨のなかを、”人々の不安を取り除くため”と称して
    今日も一人歩いて高齢者等の家を訪問しているそうです。    
   
  

Posted by 捨蚕at 14:29
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2011年03月21日

占拠されてます

       孫二名に占拠され続けています。

       YOTUBEのアンパンマンをみるために、

       テレビでは”クローズアップ現代”で、

       パソコンによっての安否情報について

       放映しています。       
       
       陽水の傘がない と言う唄をおもいだしました。
       

  

Posted by 捨蚕at 20:53
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2011年03月20日

昼の月

            停電の街に昼の月がでています。

       なぜか、災害と昼の月はよく合う気がします。

       様々な天災や人災を見続けてきた 昼の月です。

       普段は意識したことの無いこの月を 

       妙に意識してしまうのは、私だけでしょうか・・・。


            停電の街に昼の月がでていました。    

  

Posted by 捨蚕at 01:50
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2011年03月16日

それでも咲いている・・・憤怒

    その時,気が付くと孫を抱えてこの梅の木の下にかがみ込んでいました。
 
    去年の夏に久々に大量の梅の実を手摘みした後、
         ほとんどの枝を刈り込んだ梅の木、
    その時まで、梅の花が咲いている事さえ気付きませんでした。

    その時から、全てが急激に変ってしまったのにもかかわらず、
            それでも、梅の花はそっと咲いていました。    




      憤怒の形相の不動明王・・         
     何に対して怒っているのかな・・・。
      (文久元年十二月吉日 滝谷不動)

  

Posted by 捨蚕at 20:45
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2011年03月16日

停電の街

    街は電気が止まっています。第五グループの初停電です。

    17号の上並榎交差点に警察官が交通整理しています。

    ガソリンスタンドは休業、コンビニもスーパーも真暗、

    あれ!ATMも営業停止なんだ!

    もしこれが、時間限定でないとしたら、ゾッとします。

    あの日を境に、嫌でも私達の認識は、変化しています。

    なにが大切で大事かを、バブルが弾けた後のように思います。

  

Posted by 捨蚕at 14:35
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2011年03月14日

六百七十年前の大津波のこと

       興国元年および翌二年、大津波おこりて、十三湊を壊滅す。
            前を白髭、後を黒髭の大津波と称す。

    (東日流六郡誌考察図解添書より伐粋)
 
 興国元年七月十八日、大地震起こり、地下より大水わき上り、
  田畑の各所、邸内はもとより、家の床下よりも噴きあがりぬ。
 また、墓地よりも湧き上がれるに、白骨一面にいでなむ処あり。
 道行く人々、田畑に労せる人々、ただ唖然として地に座すのみなり。     
  
 
 地揺れおさまりて暫くし、崩れし家をかたずくるの間、海鳴り聞こえんや、
 数丈の大津波、一挙に十三湊より逆流なして見ゆ。一刻の大惨事と相成れり。
 安東船、諸国の通商船数百艘、木の葉の如く、怒涛に崩れ、福島城の牧に
 遊ぶる駒も、襲ふる怒涛に、千数百頭浪死す。


 各村々の死者十万人・・・さながらの地獄絵図なり。かしこに在る人の骸に、
 鴉ぞ唖唖として群がり、肉をついばむさまぞ、天なる怒りか、地なる憤怒か、
 水なるの報復か、ただ、神仏を念ずる身なり。




  写経をするような気持で、ようやく人差し指一本のタイピングが終わりました。
              ご冥福をお祈り申し上げます。  


Posted by 捨蚕at 16:25
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2011年03月13日

ゲルニカのような・・

       戦災と震災・・空爆と津波・・・爆弾と海水

       ニ歳半の男の子がその日に偶然に描いた絵です。

       本人はアンパンマンの絵だと言い張っています。

       が、描いた日が日だけにアンパンマンには思えません。
     
           福沢一郎のような、ゲルニカのような・・・。

  

Posted by 捨蚕at 17:43
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2011年03月12日

地震のため中止

    酒蔵見学と称する飲兵衛旅行が中止になりました。
    
    主催は成田町の”三月兎” 知る人ぞ知る飲兵衛の聖地です。

    もう28回になるんですね・・昨年は諏訪でした。

    新潟に地震がなくても、自主的に中止になったと思いますが・・・。
     
    なにせ津波ショツクが強すぎましたから・・・。

  
タグ :三月兎


Posted by 捨蚕at 21:52
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2011年03月12日

仙台へ行けーえ!

     高崎キャラバンが仙台に一時間前に出発したようです。

  何が出来るかって!なにも出来なくてもいい!行けえ!とにかく行けえ!
   それから、考えればいい。ごたくばかりの年寄りなんぞ糞食らえ!

  君達は高崎の代表。  直情、単純、考えなし、の上州人!
   被災地の人達に、高崎も応援してることを伝えてくれ!


  

Posted by 捨蚕at 14:31
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2011年03月10日

名刺が出来ました

           ようやく名刺ができました。
       これでstegoもようやく名士、なんちゃって・・・・。
  
    ですから、つまり他意はなくて、
    たんに念願の名刺ができてうれしかった訳でして・・
    ハシャグというか調子に乗るというか、まあなんです、
      一応照れている訳です。
                お後がよろしいようで・・・・。

  

Posted by 捨蚕at 16:01
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2011年02月10日

じつは親戚なんです

  都美子と倖太郎です、私たちは姉弟です。
  すぐ喧嘩しますが、すぐに仲直りします。      
  
  ここだけの話ですが、
  じつはハイブリットな市会議員高井俊一郎は、
   私たちの伯父さんなんです。

  4月には選挙があるそうです。

  前回は5790票で一番だったそうです。
        (二番目では駄目なんでしょうか・・・)

  今回も県議選でも市長選でもなく、
          市議会選だそうです。

  子供ですので、難しい事は判りませんが、
          どうか ひとつ宜しくお願いします。

                  とみこでした。


  

Posted by 捨蚕at 07:54
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2010年08月11日

動物たちの夏・(残暑お見舞い申し上げます)

  
    いろんな生き物が”暑い”と言ってます。




 標高1000Mにある店の 
   白い聖なる牛も





















  神津牧場にいる
    山羊さんも





















  ”MAHARAJA”の 
    少し変なゾウさんも
















 


  海辺のホテルの 
   クジラさんも    

 暑いと言ってます。  



 ブログというものを 
 突然はじめてしまって 
  はじめての夏  

全てのアクセスさまに
残暑お見舞い申し上げます。 
       stego  

Posted by 捨蚕at 17:54
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2010年08月08日

祭りが終わる

かつては、最終日が花火大会でした。

大輪の最後の花火が上がり、しばらくしてドーンという大きな音とともに
夏祭は終了しました。  

”美空ひばりのお祭マンボ”の転調のように、
それは居たたまれないほどに寂しく悲しく、
泥酔しなければいられない程でした。
 
”ただ毎日が祭りの続きで欲しかっただけさ”という多分、
ロシア民謡のワンフレーズを、
なぜか突然にそこだけ口ずさみながらの、祭の終わりの帰路でした。


最近は最終日の前日が花火大会となりました。

でも、夏祭りはいま終わってしまいました。
  祭は・・・終わりました。
  

Posted by 捨蚕at 21:34
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2010年08月07日

高崎の山車・38台勢揃い

 (38台のうち、小鍛冶、菅原道真、神功皇后、静御前、牛若丸の五つが
                      重複していたのを発見しました。)
     
 







































 ①七福神グループ
   弁財天(本町二丁目) 大黒天(羅漢町) 恵比寿(砂賀町) 
 ②お伽話のグループ 
   羽衣の天女(請地町) 牛若丸(常盤町・下和田町) 桃太郎(連雀町) 
    浦島太郎(新田町) 乙姫様(通町) 
 ③神さまのグループ 
   スサノオノミコト(成田町) 猿田彦(赤坂町) 木花開耶姫(山田町)
    小那彦名命(石原町下一) 天照大神(下横町) 
     健御名方富命(あら町) 鐘き(旭町)    
     それに菅原道真(石原町下三・和田町)も神様です。 
 ④皇族のグループ 
   日本武尊(柳川町) 神功皇后(田町・八島町) 
   神武天皇(高砂町) 彦狭島王(石原町下ニ)
 ⑤武人のグループ  
   蘭陵王(住吉町) 源為朝(相生町) 弁慶(寄合町) 
   新田義貞(北通町) 楠公(南町) 
 ⑥"舞"のグループ 
   石橋の舞(本町一丁目) 龍神の舞(田町四丁目) 
   三番叟(新紺屋町) 静の舞(九蔵町) 鏡獅子(並榎町) 
 ⑦文・芸のグループ
   藤原定家(歌川町) 静御前(末広町) 
 ⑧その他のグループ  
   猩猩(しょうじょう)本町一丁目
   小鍛冶(こかじ)並榎坂下・石原町下四  
     ともに謡曲にあるようです。  

8日午後4時30分田町通りに勢揃いします。 
あまり参考にはなりませんが・・・・。  

Posted by 捨蚕at 17:13
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2010年08月03日

高崎祭り②・義父の実父の名前が・・・

      昭和3年11月昭和天皇即位の御大典の写真です。 
       場所は八間道路、山車が27台も繰り出しました。
       (広報たかさきの平成13年7月の表紙です)











































  高関町の義父の自宅を整理していたら、こんな二枚の写真をみつけました。




 北通町の山車の看板の 

 表と裏の写真です 

 柴田金八とあるのが 

 妻の祖父の名前です 


 ちなみに   

 大正15年は12月25日から 

 昭和となりました。 
 






 
 私の息子まで数えると  
 
 この親子、四代にわたって 

 ”高崎まつり”に 

 かかわっているようです。 

 お祭好きの血が

  流れているのでしょうね。 

 
 山車を作った時の領収書 
 らしきものもありましたが、 
   また別の機会に・・・・。
   


Posted by 捨蚕at 17:55
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2010年08月02日

高崎祭り①(7歳の義父)

       第26回の高崎まつりのポスターです。
       今年が36回ですので、10年前ですね。










































  このポスターが保存されていた訳は、7歳の妻の父がいるからです。
        (写真中央の手古舞姿) 
  多分昭和元年頃の、八間道路です。
        (道路は拡張済みです)

  


Posted by 捨蚕at 20:33
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